マタニティライフ 


私のマタニティライフのことを少し・・・
マタニティライフ
マタニティライフと言っても、
私の場合そんな素敵なものではなかったのですが^^;


***


妊娠が分かったのが今年の2月下旬のこと。

ちょうどその時は、
鳥取の祖母が数週間前に亡くなった祖父のお骨持参で
我が家に滞在中でした。

お腹の赤ちゃんは祖父の生まれ変わりでは?
なんて笑っていたのもつかの間、
祖母が私の実家へ移ったのと同時に壮絶なつわりが始まり、
2週間で体重が6~7キロ減ってしまいました。

当初通っていた3つ離れた駅の病院へ行く力も無くなり
近所の産婦人科へ駆け込むと、ひどい脱水症状ですぐ入院することに。

ここまで酷いと、それはつわりではなく、
妊娠悪阻(おそ)という病気になるということで
請け負った仕事を放置する状態で1ヶ月間の入院となりました。

侘びしい入院食。
妊娠悪阻
唯一の甘味、半分のバナナが美味しかったこと・・・

脱水症状で血管が細くなってるところに
吐き気止めの点滴を24時間打ちっ放しで私の両腕は痣だらけ。

テレビを見ても気持ち悪いし、
毎日時計の針を眺めて過ごす日々でした。

そんな辛かった妊娠悪阻の症状も徐々に和らぎ
やっと退院してしばらく経ったら
今度は切迫早産の恐れがあると絶対安静のお達しが。
入院しなかっただけ良かったのですが・・・

ここで言う絶対安静とは、
家事ダメ、犬の散歩ダメ、仕事ダメ、もちろん運動ダメ、
病院の妊婦学級や母乳指導は全て欠席、おっぱいマッサージもダメ、ダメなこと満載・・・
そういうわけにもいかず最低限の仕事や家事はしてましたけどね。

「高齢出産ってこと忘れないでよね」
すぐ調子にのって動き回ってしまう私に、
先生からの毎度厳しいお言葉は、無理しちゃダメよってこと。
最初から最後まで落第生のように怒られてばかりでしたが、今思うと親身になってくれるいい病院でした。

結局この絶対安静の状態は臨月まで続くことに。
臨月入ってすぐには、赤子が下がり過ぎていつ生まれてもおかしくないとのことで、
早産になるからあと2週間はもたせるようにと
更なる絶対安静のお達しをいただきます。

それでも無事に正産期を迎えると、今度はガラリと変わって
早く産みなさい、たくさん動きなさいと。
1日10キロ歩いて、スクワットして、マンションの階段を上り下りして・・・
今まで絶対安静と言われ体力も落ちている上に、重たい腹。
この体でたくさん動けだなんて、なんの拷問なんでしょう^^;

結局産まれたのは予定日を1日過ぎてからで、
脅されていた割には予定通りだったわけです。


もっと大変な思いをして出産された方はたくさんいますし、
今になって思うと、これくらい大したことでは無いようにも思えてきますが、
同じ思いはもうしたくないかな~
マタニティライフ
母子共に健康に退院できて、本当に良かったです。


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